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僕青のライブに行けてないから語れない…“現場にいないファン”の苦しさ

「ライブ行ったことないのに、僕青のこと語っていいのかな」

そんなふうに感じたこと、ありませんか?

SNSを見れば、
ライブ後の感想や写真、
“現場の熱量”であふれている。

「最高だった」
「レスもらった」
「やっぱ現場がすべて」

そんな言葉を見るたびに、
少しだけ自分が遠く感じる。

僕青は好き。

曲も見るし、
動画も追う。

新曲が出れば気になるし、
推しを見ればやっぱり嬉しい。

でも、
ライブには行けていない。

地方だったり、
お金の問題だったり、
予定が合わなかったり。

理由は人それぞれだけど、
“現場にいない側”のまま時間だけが過ぎていくことってありますよね。

そして気づくんです。

「自分だけ、ちゃんと推せてないのかな」

って。

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“現場にいないファン”って、どこか後ろめたくなる

こういう人いませんか?

・ライブの話題になると少し黙ってしまう
・感想を語る資格がない気がする
・SNSで盛り上がってる空気を見るのが少し苦しい
・「ライブ行ったことないです」と言いづらい
・ファン歴だけ長くなっていく

好きな気持ちはある。

でも、
“体験”が足りない気がしてしまう。

ライブに行った人の言葉は、
どうしても強く見えるから。

「本当に好きなら行くよね」
なんて、
誰かに言われたわけでもないのに、
勝手に苦しくなってしまう。

特に僕青みたいに、
ライブやイベントの距離感が近く感じるグループだと、

“行けている人”

“行けていない人”

の差を感じやすいのかもしれません。

もし、
SNSを見るたびに熱量の差が苦しくなる人は、
こちらの記事も近い感覚かもしれません。

→ 「僕青を好きなのにSNSを見るのがつらい…熱量についていけない人へ」

ライブに行けていないこと。
“現場にいない側”でいること。

その気持ちを、40代・地方・在宅ファンとして、 もっと正直に書いたnoteがあります。

noteを読む

「ライブに行けてないのに語っていいのかな」
そんな気持ちを抱えたまま、 静かに推している人へ向けた内容です。

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「ライブに行けてない=好きが弱い」ではないと思う

本当は、
ライブに行けるかどうかって、
環境の影響がかなり大きい。

住んでる場所。

仕事。

お金。

家庭。

体力。

全部関係してくる。

だから、
「行けてない=気持ちが弱い」
ではないんですよね。

むしろ、
行けない状況でも、
ずっと気になってしまう。

新曲が出ると見てしまう。

SNSを閉じたあと、
結局また僕青を検索してしまう。

それって、
ちゃんと“好き”なんだと思います。

実際、
毎日追えているわけじゃないのに、
気づくと検索してしまう人も多いんじゃないでしょうか。

→ 「毎日追えてないのに、ふと僕青を検索してしまう人へ」

ライブに行けていないと、
「自分は外側のファンなんじゃないか」
みたいな感覚になることがあります。

でも、
現場にいなくても、
曲に救われたり、
推しを見て少し元気になったり、

そういう瞬間があるなら、
もう十分、
その人なりの推し活なんじゃないでしょうか。

“大きく推す”だけが推し活じゃない

推し活って、
どうしても「行動量」が見えやすい。

ライブ、
遠征、
グッズ、
積み、
イベント。

もちろん、
それを楽しめる人は素敵だと思う。

でも、
静かに好きでいる形も、
ちゃんとある。

例えば、

・寝る前に少し動画を見る
・新曲だけはチェックする
・落ち込んだ日に推しを見る
・通勤中に曲を聴く
・SNSは追えないけど、たまに検索する

そんな小さな関わり方でも、
好きはちゃんと残っている。

毎日追えてなくても、
現場にいなくても、

「気づいたらまた見てる」

それって、
かなり自然な“好き”だと思うんです。

もし、
「静かに推してる自分って変なのかな」
と感じる人は、
こちらの記事も近いと思います。

→ 「僕青を“静かに推してる人”っている?毎日追えないけど好きな人へ」

「語れない」じゃなく、「静かに好き」でいい

現場に行ってないと、
何かを語るたびに不安になることがあります。

「浅いと思われないかな」
「知らないくせにって思われないかな」

でも、
本当は、
好きに“資格”ってないんですよね。

詳しさや熱量だけで決まるものじゃない。

ずっと遠くから見ている人にも、
ちゃんと積み重なってきた時間がある。

大声では語れなくても、
静かに見守ってきた気持ちがある。

それだけでも、
十分ファンだと思います。

無理して熱量を上げなくてもいい。

行けない自分を責めなくてもいい。

「現場にいない側」のままでも、
好きでいていい。

もし、
「ライブに行けないのに推してていいのかな」
という不安が強い人は、
こちらも読んでみてください。

→ 「ライブに行けないのに推してていいのか悩む人へ|楽しみ方と気持ちの整理」

ここまで読んでくださってありがとうございます。

ライブに行けていないこと。
現場にいないこと。
40代で推していること。

そういう“行けない側”の気持ちを、 noteではもっと個人的に書いています。

同じように、 静かに推している人がいたら、 掲示板やコメントにも気持ちを置いていってください。

最後に

ライブに行けてないと、
置いていかれた気持ちになる日があります。

でも、
それでも気になってしまう。

ふと検索してしまう。

曲を聴くと少し安心する。

その感覚は、
きっと消えていない“好き”なんだと思います。

無理に変わらなくていいし、
無理に追いかけなくてもいい。

静かなままでも、
あなたなりの距離感で、
好きでいていい。

もし同じように、
「現場に行けてないから語れない」
と感じている人がいたら、
掲示板やコメントで、
そっと気持ちを置いていってください。

きっと、
似た感覚の人がいます。


もっと気持ちを整理したい人へ

ライブに行けないこと。

追いきれないこと。

“現場にいない側”でいる苦しさ。

そういう感情を、
もう少し深く整理したい人向けに、
noteではもっと個人的な気持ちを書いています。

同じように、
行けない側で揺れている人へ向けた内容です。

ライブに行けていない人。
静かに推している人。
一人で見ている人。

同じような気持ちの人が、 掲示板にも少しずつ集まっています。

「毎日追えてない」
「ライブに行けてない」
そんな人もいます。

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