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僕青を“静かに推してる人”っている?毎日追えないけど好きな人へ

SNSを見ていると、
僕青を全力で追っている人がたくさん見えます。

イベントに行って、
グッズを集めて、
配信もリアタイして、
毎日のように投稿している。

その熱量を見ていると、
「自分はちゃんと推せてないな…」
と思ってしまう日があります。

でも、こういう人いませんか?

・毎日は追えていない
・配信を見逃すこともある
・グッズもあまり買えない
・ライブにも行けていない
・SNSもたまにしか見ない

それでも、
ふとした瞬間に僕青を見たくなる。

新曲が出れば気になるし、
推しの表情を見たら少し元気になる。

そんな“静かな推し方”をしている人。

たぶん、思っているより多いんじゃないかなと思います。

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毎日追えないと、置いていかれる感じがする

推し活って、
気づくと「どれだけ追えているか」の空気になりやすいです。

現場の回数。
グッズ量。
リアタイ。
SNSの熱量。

もちろん、それが楽しい人もいるし、否定したいわけではありません。

ただ、その空気を見ていると、

「自分はファンとして薄いのかな」

と思ってしまうことがあります。

特に地方にいると、
ライブやイベントの距離そのものが遠い。

お金や時間の問題もある。

だから自然と、

“追いたくても追えない”

という感覚になっていくんですよね。

しかも、僕青って見れば見るほど好きになるから、余計に苦しくなる時があります。

好きだから見たい。
でも見れば見るほど「行けない」が浮かぶ。

そんな矛盾みたいな気持ち。

もし最近、SNSを見るのが少ししんどくなっているなら、
以前書いた

「僕青を好きなのにSNSを見るのがつらい…熱量についていけない人へ」

の記事も、近い気持ちかもしれません。

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「ちゃんと推してない気がする」の正体

たぶん苦しいのは、

“好きの量”

ではなく、

“見える熱量との差”

なんだと思います。

本当は好きなのに、
周りと比べた瞬間に、自分の推し方が小さく見えてしまう。

でも、好きって本来、もっと静かなものでもいいはずなんですよね。

毎日追えていなくても、

新しい動画をあとからゆっくり見る時間が楽しみだったり。

寝る前に推しの画像を少し見るだけで気持ちが落ち着いたり。

通勤中に曲を聴いて、少し救われたり。

そういう“小さい好き”って、ちゃんとある。

なのにSNSを見ていると、
その静かな好きが、だんだん見えなくなってしまうことがあります。

「ライブに行けないのに推してていいのか悩む人へ|楽しみ方と気持ちの整理」

でも書いたんですが、
“行けないこと”より、

「行けない自分を責めてしまうこと」

のほうが、苦しくなる時ってあるんですよね。

在宅でも、静かな楽しみ方はちゃんとある

僕青を追うって、
必ずしも“現場に行くこと”だけじゃないと思っています。

例えば、

・夜にひとりでMVを見る
・新曲を通勤中に聴く
・推しの言葉を何回も見返す
・たまに出る動画をゆっくり見る
・SNSを全部追わず、自分のペースで見る
・疲れた日にだけ推しを見る

そんな距離感でも、
十分“好き”なんじゃないでしょうか。

無理して熱量を上げなくてもいい。

追えない日は追えないままでいい。

少し離れる日があっても、
また見たくなった時に戻ってこれれば、それでいい。

推し活って、本当はもっと自由でいい気がします。

もし「ライブに行けないのがつらい」という気持ちが強い時は、

「僕青のライブレポを見るのがつらい…行けなかった日のモヤモヤが消えない人いませんか?」

の記事も、かなり近い感覚かもしれません。

「静かに好き」でいる人も、たぶんたくさんいる

SNSでは目立たないだけで、

・コメントはしない
・現場報告もしない
・グッズも少ない
・ライブも行けていない

でも、ずっと見ている人。

静かに好きでいる人。

そういう人、たぶんかなり多いと思うんです。

むしろ、声を出していないだけで、

「毎日追えてないけど好き」

という人のほうが、実は多いのかもしれません。

だから、もし今、

「自分はちゃんと推せてない気がする」

と思っているなら。

そこまで自分を責めなくても大丈夫です。

熱量が大きくなくても、
行けていなくても、
静かなままでも、

好きでいる気持ちは、ちゃんと“好き”だと思います。

「好き」の形は、人それぞれでいい

推し活って、
いつの間にか“頑張るもの”みたいになってしまう時があります。

でも本当は、

疲れた日に少し救われたり、
ひとりの時間に曲を聴いたり、
「今日ちょっと見れてよかったな」と思えたり。

それだけでも、十分意味があるのかもしれません。

大きな熱量じゃなくてもいい。

静かな好きでもいい。

毎日追えていなくても、
ライブに行けていなくても、

それでも好きでいていいんだと思います。

推し活にお金をかけられないことが気になる人は、

「推し活にお金かけられない…ファン失格な気がする人へ|罪悪感の正体と向き合い方」

の記事も、少し気持ちが近いかもしれません。

もっと気持ちを整理したい人へ

毎日追えないけど、それでも僕青が好きな人へ

ブログでは書ききれなかった、地方在住・ライブ未参加・お小遣い制の中で感じる 「ちゃんと推せていない気がする」という本音を、noteで少し深く書きました。

無理に前向きになる話ではありません。
ただ、静かに推している人が「このまま好きでいてもいいのかもしれない」と思えるような内容です。

※40代男性ファンとしてのリアルな感情を含みます

「毎日追えてないけど好き」
「静かに推している」
そんな人っていますか?

掲示板では、
行けない側の推し活について、静かに話しています。

それでも、静かに好きでいていい

SNSに疲れる日もあるし、
熱量の差に苦しくなる日もあります。

でも、

毎日追えていなくても。
現場に行けていなくても。
静かに見ているだけでも。

好きな気持ちが消えていないなら、
それだけで十分なんじゃないかなと思います。

無理して“強いファン”にならなくてもいい。

自分のペースで、
戻ってきたい時に戻ってくればいい。

そんな推し方も、きっとあるはずです。

もし同じように、

「静かに推している」
「行けない側だけど好き」

そんな気持ちを持っている人がいたら、
掲示板でも少し話しています。

同じような距離感の人がいるだけで、
少し安心できる夜もあるのかもしれません。


もっと気持ちを整理したい人へ。

「行けない側」の感情や、
静かな推し活について、
noteではもう少し深く書いています。

無理に前向きになる話ではないですが、
同じような気持ちの人には、
少しだけ心が軽くなるかもしれません。

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